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4月29日は小網代の森でサロン小網代 インド・ネパール仏教遺跡サロン小網代 三浦義村サロン小網代 随想
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4月29日は小網代の森で・・・ついつい30年の習慣なので!

 天皇誕生日、緑の日、昭和の日、覚えている限り3回も名称を変えたこの祝日は、私にとって特別な日。1990年に発足の小網代の森を守る会で例会として観察会開催以来、毎年この日は森にいることになっているのです。不思議なことに一度も雨に降られた記憶がありません。今は森への入り口に自粛の看板が。ベイシアの森専用(?) 駐車場には3台程度しか駐車していない。外周歩きなら誰にも咎められない。
 森の中で工事中の数年は外周を歩き、森の中へは行けるところまで行ったのだ。この時期はアサヒナカワトンボ、ヤマサナエの初見。ホトトギスの初音、森中薫るフジの花、ヤマツツジの橙色も。大きくなったアスカイノデの葉。蕗の葉っぱの上で穴を空けるタンザワフキバッタ。昨年は変な葉っぱを探していたらナラメリンゴタマフシを見つけた。コナラの根元でギンランも見つけた。今年は昨年の台風十九号の影響でこのコナラが倒れ、周りの土が攪乱されて、姿が無い。シュンランの咲く崖も崩れて姿が見当たらない。
 そんな事を思い出しながら、真昼の暑さが増し車の通りが多い、引橋を歩いた。木々が茂り冬場ほどは森の中が覗けない。土砂を落とした崖には木々が茂り、森の上部が覗けない。前に工務店があり、その後、小網代緑地になったという土地は、フェンスを覗くと草が茂っている様子。
 「山峡に橋を架けむと耀くは行基菩薩か金色光に」と北原白秋が三崎の町からここまで来て詠んだと言う歌が書いてある案内板があった。市内のそこここに白秋の足跡に合わせて立てかけた三浦市の制作。案内板の最後に「茶屋は引橋 藤の花盛り 娘盛りは来て三崎」沿海雑曲にあると。
 確かに今は藤の花盛り。金色光に森を輝かせるのはマテバシイの新芽と花だ。恐らく白秋は今ごろ、引橋に来て、上記の森の有様に感激したのだ。茶屋で休憩もしたのだろう。(どこにあったのかは新しい課題)
 皆様に緑の写真と我が拙歌を送り、30回目の森の報告としたい。

「コロナ禍に 出入り叶わぬ 森の中 胸に刻んだ春 三十」
           2020年5月3日 憲法記念日 宮本美織

 

 

 

サロン小網代

インド・ネパール仏教遺跡をめぐる

2020.5.2 祖父川精治 
ヒマラヤのハードトレッキングで幾度かネパールを訪れている。
 インド国境に近い亜熱帯地域に、我が国でいえば縄文時代晩期、想像を遥かに超える2500年前にお釈迦さまが誕生したと伝えられる「ルンビニー」という土地があること知った。首都のカトマンズから1泊2日で往復できそうだが、仏教遺跡巡り1ケ所だけでは勿体ない。そこで誕生から入滅まで縁りの土地である、8大仏教遺跡全てを巡り歩きたいという想いが強く募るようになる。予定では鉄道とバス利用で全行程約2週間。
 古代インドを統一したアショカ王は仏教遺跡を巡り歩き、各地に記念の石柱を残している。この石柱の頭部4頭の獅子像は、インドの国旗や紙幣に使われている。紀元前3世紀古代インドまた5世紀前後、仏教遺跡から出土している墓石などに刻まれたお釈迦さま80年の生涯を見ると、主要8大仏教遺跡を選ぶことができる。
1.誕生の地、ルンビニー(ネパール)
2.菩提樹の下で禅定を修し成道の地、ブッダ・ガヤー
3.起居説法した霊鷲山教団の地、ラージギル 「インドでは珍しい温泉がある」
4.始めて法を説いた仏教始まりの初転法輪の地、サールナート
5. 最古最大の仏教大学址、ナーランダー
6. 生後7日目に死別した母マーヤ夫人に無上の法を説いた、サーンカーシャ
7. 祇園精舎と舎衛城のサヘート、マヘート
8. 旅の途中、80歳で沙羅双樹の下で入滅、荼毘に付したクシーナガル
 成田空港から、インドの首都デリーまで搭乗約9時間。インド領内に入って、AIR・INDIA機長から「右側の窓より世界最高峰のエベレストが遠望できます」とアナウンスがある。
  1泊し、デリー市内見物の後、16時30分発のカルカッタ行の急行寝台列車は、始発というのに3時間も遅延。
  翌11時30分ガヤー駅着。バス30分で仏教遺跡2番目のブッダ・ガヤーへ。有名なマハーボディー寺院大塔横の、生い茂る巨大な菩提樹の下にお釈迦さまが禅定したという金剛法座がある。世界遺産指定。
  スリランカやミヤンマーから来たという白衣の大勢の仏教徒たちが揃って拝礼をしている。ブッダ・ガヤーで2泊し、いよいよ仏教集団の地ラージギル、最大級の仏教大学址のナーランダーを往復する。バス10時間。
  標高500メートルの岩山の霊鷲山、現地名グリッドラクータ山。頂上近くに鷲の姿をした岩場があることからその名があり、登山道も整備さてれ約3時間で往復できる。周囲ぐるりと、お釈迦さまも眺めたであろう城壁跡が残っている。その山の外れの一角に、インドでは実に珍しいラージギル温泉がある。現地では、ガラム・パニ「熱い、水」と呼んでいる。お釈迦さまも入浴して旅の疲れを癒したのであろうか。
  温泉へ向かう道の途中、土産物を売る屋台が並んでいる。女性用に、赤や青、紫の鮮やかな色粉を売る店もある。湯上りに、頭の髪の分け目に付けるシンドールである。これは夫が健在の既婚の女性にのみに許された習慣である。また女性用に、額の中央に印し付けるビンデイというのもある。これは仏像の額に印す白毫と同じである。
  ブッダ・ガヤーからインド ヒンズー教の最大の聖地、ヒマラヤからの水を集めたガンジス河畔の都市であるバナーラスへ。早朝から、ガンジス河畔で着衣のままで沐浴する人たちを見る。木材が積み上げられ、その近くでは荼毘にする煙が上がっている。墓地は無く遺灰は全て、ガンジス河へ落とし込んでいる。バス8時間。
  当地で2泊して、サールナートを往復する。バス2時間。伝道の旅に出て、僅か5人の修行僧へ始めての説法を行った地で、偉大な仏教はここに始まったのである。バナーラスからバス7時間、入滅の地クシーナガルを経て更に2時間、ゴーラクプールへ泊る。
  初転法輪から45年、仏教伝道の旅を続けたお釈迦さまは身体の衰えを感じ生まれ育った故郷を目指して最後の旅を続けた。その途中、病を得てクシーナガルに着くと沙羅双樹の下へ弱った身を横たえ入滅の時を迎えた。享年80歳。死後、火葬に付され仏舎利8個に分けられた。近くの大般若寺には大きな涅槃像が納められている。
 ネパールへ入国しバス1時間で、待望のお釈迦さま誕生の地ルンビニー。私たちには旅券のチェックがあるが、両国境に住むインド、ネパールの人たちは出入国フリーパスである。
 我が国では天然記念物指定確実の巨木である、色鮮やかな経文旗に彩られ霊気籠る菩提樹の下に、笑みを浮かべた赤子の石仏が安置されている。世界遺産指定。
  出産近く王国へ帰る旅の途中、母のマーヤ夫人がこの花房に手を伸ばした時に誕生したと伝えられる。
 伝説によれば、産まれたばかりの赤子は7歩いて右手と左手で天と地を指して「天上天下唯我独尊」とのべたという。我が国では4月8日を灌仏会といい、花祭りで祝い各地の寺院に於いては誕生仏へ甘茶を注ぐ行事が今も続いている。
 東京国立博物館の法隆寺宝物館には、この時の様子を形ち造った母マーヤ夫人と見守る侍女たちが陳列されている。シャーキャ族の小王国の王子に生まれたお釈迦さまは、16歳で結婚し男児をもうける。しだいに生老病死について深く思い悩むようになり、29歳で全てを捨て王城を出て修業求道の旅に向かう。 代表的な宗教は厳しい自然環境の中から誕生している。キリスト教やイスラム教が広大な砂漠や乾燥地帯から生まれたように、仏教もまた気温40度も超えるような北インドの過酷な環境から始まったものである。
  この日はバス11時間で、バルランプールへ泊り、サヘート・マヘートへ。お釈迦さまは雨期を過ごしたといい、マヘートは有名な祇園精舎の跡。平家物語に記された有名な一文、「祇園精舎の鐘の音、所業無上の響き有り」。鐘楼があり思いっきり鐘を大きく突き鳴らす。 ウッタルプラデッシュ州都、ラックノウへ。バス8時間。深夜の急行寝台列車、13時間でインド最大の観光地「タージマハール」で有名なアーグラーを経て首都デリーへ戻る。
 現在、人口12億のインドの宗教は、ヒンズー教徒が80パーセント。仏教徒は僅か1パーセントといわれる。しかし、2600年来の悠久の歴史ある仏教遺跡をインドの人達は大事に保護し守り続けていることに敬意を表したい。
 インドを旅して、物価が安いので世界中から集まった若い元気な学生風の男女の一人旅と出会うことが多い。宿はドミトリーを利用、バックパッキングの軽い簡単な服装でそれぞれインドの旅を楽しんでいる。
1. ルンビニー 誕生の地 世界遺産指定 巨大な菩提樹、樹齢2000年余
2. ブッダ・ガヤー 成道の地 マハーボデイ寺院大塔
3. クシーナガル 入滅の地 お釈迦さまの塚
4. 略図

 

 

 

----三浦義村調べ・・・その後

 4月15日、たまたま三浦へ出かけ、たまたま衣笠インターで車を降りた。この近くに前回の通信でお知らせした三浦義村の祖父の三浦義明の墓所がある満昌寺があり、その近くに義村を祀る近殿(ちがた)神社があると地図でみていたので、寄って見ることにした。
 大きな古い家からイヌの散歩に出かけようとした初老の男性に、この辺りに近殿神社はないか尋ねたところ、自分は総代だという。以前にこの大矢部地域の歴史を調べた本に詳しく出ているはずと奥様を呼び、本を探して来てくれた。少しお借りすることにして、直ぐ近くという神社に詣でた。
 ここは小さな山を背後に背負った神社で、毎日お灯明をあげにくる当番があるという。鳥居や社殿はごく普通のつくり。この中にご神体の三浦義村の像が安置されていると、お借りした「大矢部の歴史(下)」にあった。夕方だったので、ぐるりと周りを巡ることもしないでそそくさと帰宅した。見慣れたたたずまいの神社だった。
 お借りした「大矢部の歴史(下)」によると 享和元年(1801)に三浦長門守為積(ためずみ)の家来が先祖の遺跡を調べに来て、その時に昔から大矢部の鎮守の神社だった浅間神社を近殿神社とし、修理したり、灯籠の寄進をしたりした。近くの満昌寺、清雲寺、薬王寺にも灯籠の寄進をしたとある文書が残る。毎年、3月14日には三浦長門守為積、三浦志摩守前次(ちかつぐ)の2家から大矢部に墓参りの使いが来て、供物、金子などが届けられたらしい。
 天保7年(1836)には三浦長門守為積が92人の行列を作り墓参りに見えたとの記録がある。今、この神社に三浦義村の像がご神体として祀られているが、多分、1801年に浅間神社を近殿神社とした時に木彫の義村像を安置してご神体としたのではないかと推察する。まさに全国に散った三浦一族のルーツ、ここにありと。
 筆者は三浦義村が亡くなったすぐに近殿神社に祀られたのかと思っていたが、思い違いだったことが、この訪問と本で分かった。また、全国に広がった三浦一族の祖先大事の動きも知ることができた。今、図書館が休みで、この郷土史に亘る資料の閲覧は館内専用なので出来ない。コロナ禍が去ったら、鎌倉時代の大矢部地区について大矢部城もあったというので、調べたり、歩いたりしたい。
2020年5月4日 宮本美織 

 

 

 

随 想

 

 

 

 

小網代を詩う



 

 

 

三浦半島の植物

春から初夏にかけて、小網代の森を歩くと足元にムラサキケマンやキケマンの可愛らしい花を見ることができます。この絵のケマンソウは近縁ですが園芸種。仏具の華鬘に似ているからケマンソウ、別名をタイツリソウとも言うそうです。 仏像を飾るピンクの華鬘、白い華鬘、少し形の異なる紫や黄色の華鬘。そんな仏様なら一日中でも拝んでいたいと思います。
華鬘草(ケマンソウ) 2009年5月


 

画 野内眞理子

 

 

 

 

 

こあじろの森くらぶ NEWS

スタッフの活動

2020.03.26 (木)   通信No.20印刷・発送
2020.04.20 (月)   第21回交流会中止のお知らせハガキ発送
2020.04  上旬より こあじろの森くらぶプレゼントDVD企画をスタート
2020.05.10 (日)   スタッフ会議(ビデオ会議)
2020.05.24(日)   スタッフ会議(ビデオ会議)

会員更新のお知らせとお願い

 森へ行かれないので、インターネットのこあじろの森くらぶホームページにある写真を眺めていますと、少しずつ姿を変えている森の様子が見えてきます。「小網代の森を守る会」の時代、藪をこぎ、獣道を踏み分けて進む、初めての体験に大人も子どももワクワクしつつ森の保全を訴えていました。森が保全され、干潟の保全に主眼を移した「小網代の森と干潟を守る会」では、カニや小魚、干潟の生きものとたわむれ、空飛ぶ鳥の姿に歓声をあげていました。そして2015年に「こあじろの森くらぶ」と改称し、私たちは今も森から元気をもらっています。外部講師をお招きして新たな生きものの世界を学習し、その成果を通信やホームページでお伝えしてきました。この先も通信やホームページで可能な限りの森の様子をお伝えしていこうと考えています。
 新型コロナの感染が収束し、森の閉鎖が解除されたら、飛んで行きます。その時はどうぞご一緒に、森を歩きましょう。
 今年も会員更新の時期がやってきました。これから先も是非ご一緒したく、会員の継続をお願いいたします(恐れ入りますが、振替手数料のご負担をお願いします)。
年会費 1000円(7月~6月 入会金不要)
郵便振替 記号番号 00290-6-137203
加入者名 こあじろの森くらぶ

 

 

疫病退散 アマビエ絵姿DVDプレゼント

 交流会も遠足も開催できない中、それでも、少しでも小網代の風を感じたいという切ない思いから、森で撮影した動画や写真を集めて、DVD-ビデオを作りました。森の一風景として楽しんでいただければ幸いです。DVDプレイヤー、パソコンなどでご覧ください。
 絵姿のアマビエは半人半魚、クチバシを持つ妖怪です。江戸時代熊本沖の海に現れ、その年の豊作と疫病の流行を予言しました。更に「私の絵姿を見れば、疫病を鎮めるので、皆に早く見せなさい」と言います。海から戻り、皆に絵姿を見せたところ、疫病の災厄を免れたと言い伝えられています。
 今も続く新型コロナと戦うためにも、秋にも来ると予想されている第2波の襲来に備える意味でも、もしかしたらお役に立つかもしれないアマビエの絵姿をお贈りします。 絵姿はこあじろの森くらぶスタッフでデザイナー&イラストレーターとして活躍中の橋ちひろさんからご提供いただきました。  

 

今後のイベント予定

 6月以降の交流会、遠足等について現時点では未定です。状況により、開催の見込みが立ちましたら、通信22号あるいはハガキでご連絡申し上げます。

 

 

 

 

 

 

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